リハビリに「正解」はないと思う理由

こんにちは。
わたしスタイルLABOのacoです。

わたしが脳卒中で倒れたのは3年半前。
この3年間を振り返って言えることがあります。

それは、リハビリの世界に「これが絶対に正しい」という答えはないということ。

目指すゴールが同じでも、そこにたどり着く道は人それぞれ違うからです。
たとえば、同じ片麻痺でも、損傷部位、体力、年齢、性格、生活環境が違えば、リハビリのアプローチも変わります。

Aさんに合う方法が、Bさんにとっては合わないこともある。
それなのに、「あのリハビリは間違っている」「あれは効果がない」などと断言してしまうのは、少し乱暴な気がします。

リハビリは、専門家と患者が協力して作り上げていくもの。

一番大事なのは、患者自身が「どうなりたいか」。
どのようなゴールを目指し、そのためにどのようなリハビリが必要か。

正解ではなく「最適解」を専門家と患者が一緒に探していく姿勢が、大切なのではないでしょうか。

倒れてすぐは、とにかく頼るしかない

かくいうわたしも、入院当初は意識も朦朧としていて、「どうしたいか、どうなりたいか」なんて具体的に考える余裕が全くありませんでした。

「とにかく元通りの生活が送れるようになりたい」という漠然としたゴールしか描けませんでした。

そんなときに頼りになるのは、やはりリハビリの専門家である療法士さんたち。
わたしの入院していた病院では、担当療法士だけでなく、代行の方やベテラン療法士も含めてチームで治療方針を考えてくれました。

問題点はどこか、歩き方をどう修正すればいいか、装具をどうするか…etc
議論の上で治療方針を決めてくれる姿勢に、安心感がありました。

もちろん、すべてがうまくいくとは限りません。
それでも、新米患者としてできるのは「信頼して託す」のみ。

倒れたばかりの時期は、リハビリの内容を自分で選ぶより、信頼できる専門家と一緒に方向性を決めていく段階なのだと思います。患者としては知識も経験もないまま、ある日突然その状況に置かれるわけですから。

それでも「最終的な決定権」は自分にある

急性期病棟には約1ヶ月半いたのですが、さすがにその頃はまだ療法士さんに頼りっきりでした。

意識は朦朧とし、まったく起き上がれず、最初の1週間は寝たきり。
ベッドの上で手足を動かしてもらう程度。

その後、ようやく車椅子に移乗してもらっても、途中で意識が遠のき中断。
それでも2週間ほど経つと、ようやく「リハビリらしい」ことを始めることができました。

担当のPT(理学療法士)はベテランの人でしたが、わたしの動きを見ながら、

・到達したいゴールは同じでも、道は一つじゃない。
・患者の数だけ選択肢がある。
・目の前にいる患者さんにとってベストな道は?
そうやって悩みながらも、最善の方法を選んでくれていました。

当時の担当PTは体育会系で「ギリギリを攻める」タイプ。

その方針に自分の性格があっていたのもあり、もう動けないかもしれないと言われていたわたしが、不自由ながらも動ける身体にまで回復できたのは、間違いなくあのスパルタ期があったから。

とてもとても感謝しています。

回復期病棟に移り、少しずつ体が動くようになると、徐々に自分でもリハビリについて考えられるようになりました。

「何が何でも回復してやる。」
入院し4ヶ月は車椅子でしたが、退院が近くなった頃は、病棟の誰よりも早起きして自主練を始め、消灯ギリギリまで動けるだけ動き続けました。

患者であっても、自分の体のことを一番知っているのは自分自身。
だからこそ、選択の主体はわたしであり、療法士さんはそのサポートをしてくれるパートナーだと思っています。

「あのリハビリは間違っていた」と言う前に

SNSなどで「入院中のリハビリは害だった」「間違っていた」といった発言を見かけることがあります。
でも、リハビリには正解がない以上、過去のやり方を「間違い」と切り捨ててしまうのは残念に思います。

後から「もっと良い方法があった」と気づくのは自然なことですが、それは「過去の否定」ではなく、「学び直し」や「アップデート」ではないでしょうか。

実際、脳の可塑性(かそせい/神経が再編成される力)は、日々の試行錯誤の中で育まれます。
遠回りに見える経験も、何かしらの意味を持っている場合も。

現にわたしも1年以上経ってから、
「ああ、あの時のPTさんが言ってたのはこういうことか!」
と、急に腹落ちする瞬間を、これまで幾度となく経験しています。

無駄に思えても繰り返し続けることで、突然シナプスが繋がるような「アハ体験」が訪れる。
びっくりするくらい突然に。

だから、「あの時の努力は無駄だった」と言い切ってしまうのは、あまりにももったいない。

3年前に倒れてから、今やリハビリは自分の人生の一部になりました。
たとえこの先、失敗や後悔があったとしても、「その時の自分が選んだ道」として受け止めたい。

リハビリは、“過去を責める”ものではなく、“今とこれからをつくる”もの。
試行錯誤の中で自分の体と対話し、選び、積み重ねていく。

その過程こそが、リハビリの本質なのだと思っています。

「回復は1日1ミリ」
ゆっくり、のんびりかもしれないけど、回復を信じて、自分の可能性を信じて。
今日もリハビリがんばります。