心はどこにある?脳卒中当事者として考える

こんにちは。
わたしスタイルLABOのacoです。

先日ブログにも記事を書きましたが、毛内拡さんの『心は存在しない』は大変興味深い本でした。
※記事はこちら→【読書】『心は存在しない』毛内拡著|脳卒中当事者が考える「心と脳」の関係

「心は脳が作り出す現象に過ぎず、実態はない」ということは、すでに周知の事実ですが、それでも「心」に関する悩みは尽きないし、「心」をテーマにしたエンタメ作品は世の中に溢れています。

人々はみな、実態のない「心」に日々振り回されているのです。

そんな状況に一石を投じるべく、脳科学者の視点から、心と脳の関係をわかりやすく解説した本が「心は存在しない」でした。

毛内さんは本の中で、

「脳はなぜ心を作り出す必要があったのか」という問いにあえて答えるとすれば、「ストレスに迅速に対処するため」と言っても過言ではないのです。

と言っています。

わたしは脳卒中を経験してはじめて、毛内さんの言う「心と体のストレス応答の限界」を知りました。

わたし自身、ストレスに鈍感なまま走り続け、限界を超えた結果として脳卒中になったのではないかと感じているからです。

「心と脳」の関係には昔からとても興味があり、だからこそ心理学も学んできたのですが、脳卒中を経験し脳が半分機能しなくなった今、初めてわかったこともあります。

そこで今日は、わたしが「脳卒中当事者として感じる心と脳、そして身体の関係」について考えてみたいと思います。

疲れやすいことは本当に不利なのか?

Xで「疲れやすいという最も不利な条件の一つ」というポストを見ました。

確かに疲れやすいと、やりたいことがあっても体がついていかないので、そうではない人に比べて不利に見えます。

今のわたしは手足の麻痺に加えて、高次脳機能障害や脳の易疲労性という後遺症もあり、以前のように動けないし、健常者の何倍も休息が必要です。

やりたいことがあっても、1日にこなせる量が限られてしまうため、思うように作業が進みません。
だから、疲れやすいことが不利だという気持ちはよくわかります。

でも、病気や後遺症のような特殊なあるいは病的な「疲れやすさ」ではない限り、「疲れやすい」というのは脳を守るための大事なサインとも言えます。

わたしは40代前半まで徹夜ができました。当時、子どもたちはまだ幼稚園生。元夫も病気がちで大変な時期。加えて、起業して寝る暇がない日々を送っていました。

しかし、昔から「ショートスリーパー」を自負し、健康と体力だけは人一倍自信があったわたし。

40代も半ばを過ぎ、後半にさしかかると、更年期障害も出はじめ、さすがに体力の衰えを感じざるを得ませんでしたが、それでも1日の平均睡眠時間は4時間。

徹夜は無理になりましたが、そんなに寝なくても大丈夫だと思っていたし、「何事も気合と根性で乗り越えられる!」本気でそう信じていました。

3年前のあの日までは…。

3年前のある日突然、脳卒中で倒れ、左脳の血管が破れたために、右半身付随と高次脳機能障害という大きな後遺症を負いました。

今思えば、あの頃は「ストレス耐性がある」とか「メンタルが強い」のではなく、単にストレスに鈍感だったんだと思います。

ストレスがかかっていても、脳がその信号をキャッチしづらく、身体反応としての眠気や疲労が出にくい。だから「がんばれてしまう」──。

本当なら「ここで休め」という信号が脳から出ているはずなのに、それに気づけない。
結果として、ある日突然、脳の血管が切れてしまいました。

だからこそ、疲れやすい=疲れをきちんとキャッチできることは決して悪いことではないと思います。
体力がない=自分の限界を知っているのも、脳と体を守るために必要な要素ではないでしょうか。

「がんばれてしまう人」ほど危険?

周りを見ると、40代50代の働き盛りで脳卒中になった人は、体力に自信があり、多少の無理がきいてしまうタイプが多いような気がします。

人一倍責任感が強く、いわゆる「がんばりすぎる人」。
テキパキと仕事や家事をこなす、正義感が強く、性格的にもせっかちな人が多い印象。

・疲れやすい人
・疲れにくい人

この差を考えた時、身体機能としての差ももちろんあると思いますが、疲れという信号に対して、脳がちゃんと反応できるか、それとも反応できないかの差もあるのではないでしょうか。

「疲れた」という信号がそもそも出にくく、信号が出ても鈍感で反応ができず動き続けてしまう人は、ある日突然、脳が限界を迎える──。

気合と根性があればなんとかなる!と豪語している場合じゃありませんでした。
故猪木氏が言うように「元気があれば〜」が正しい。

健康を失って初めて気づきましたが、こうして生きているからこそこの教訓を伝えられるんですよね。

わたしの祖父は、同じく脳卒中(くも膜下出血)で亡くなりました。
当時、まだ62歳。

自営業(経営者)だったので、62歳とはいえバリバリの働き盛りだったし、それこそ職場で倒れたと聞いています。

「がんばれてしまう人」ほど、ある程度の年齢になったら気をつけなくちゃいけないんですよね。
わたしは50歳になったら気をつけよう。なーんて思っていたら、49歳と358日で倒れましたけど。

脳卒中家系の人は、特に注意です。

脳卒中当事者として伝えたいこと

脳卒中を経験してから、わたしは「がんばりすぎないこと」がいかに大切かを痛感しました。
脳は本来、わたしたちを守るために「休め」というサインを出してくれています。

それを無視して動き続けると、ある日突然、脳が壊れてしまうかもしれません。わたしのように。

わたしはもう同じ失敗を繰り返したくないし、わたしの大切な人たちにも、このような経験はしてほしくないです。

脳卒中の怖さは、もちろん死亡率が高い点もありますが、生き残れたとしても、重篤な後遺症を引き起こす可能性があります。

そして一度壊死してしまった脳細胞は、基本的に元には戻りません。

そうならないためにも、この記事を読んで「がんばれてしまう自分」に気づいたら、少しでも「休む勇気」を持ってほしいなと思います。

脳卒中や、脳卒中の後遺症で苦しむ人、悲しむ人が一人でも減りますように…。

参考文献

毛内拡『心は存在しない 脳科学で考える人間の本質』SBクリエイティブ, 2024年