高次脳機能障害の記憶障害

こんにちは。
わたしスタイルLABOのacoです。

脳卒中を発症して3年が経ち、今でこそスマホやパソコンを以前と同じように使いこなしているように見えるけれど、ここまでの道のりはまさに茨の道でした。

利き手が麻痺して使えず、スマホもパソコンも慣れない左手だけで操作しなくてはならないし、加えて高次脳機能障害があり、操作を再び習得しなくてはならなかったからです。

以前は、スマホはもちろんですが、パソコンも日常的に使用しており、どこに行くにも持ち歩くヘビーユーザーでした。ところが3年前、脳の血管が切れて脳細胞が破壊され、どちらも「使い方がわからない」という状態にまで陥ってしまいました。

脳卒中で倒れたのは、仕事帰りの駅のホーム。
周囲に知り合いのいない場所で突然倒れ、そのまま病院に運ばれました。

*当時の様子はこちら

家族に知らせが届くまで時間がかかり、子どもが何度も何度も電話したらしいのですが、意識がないのでもちろん電話にも出られません。

スマホが目の前にあっても、まったく操作できない状態が続きました。
その後目覚めてからも、しばらくは意識が朦朧とし寝てばかりいたので使えず。

ぼんやりと、目の前にあるその物体は「電話」をするもの、「LINE」や「メール」でやり取りするものだという認識くらいはあったのですが…。

意識が戻っても、「暗証番号」も思い出せず開けない。

その後スマホケースに付箋が貼ってあり、そこに書いてあった数字が暗証番号だったこと、そしてそれが息子の誕生日だったことを認識できるようになるまで、だいぶ時間がかかりました。

今でも高次脳機能障害の記憶障害があるので、新しい情報を覚えられなかったり、過去の出来事を忘れるなどの症状はあります。

この時は発症直後だったので、それまで当たり前にできていたことが、すっぽりと抜け落ちている状態でした。

送信ボタンがない!!

少しずつ意識がはっきりしてきて、暗証番号はわかっても、今度は操作方法がわかりません。

たとえばLINEしようとすると「おはよう」と打ちたいのに「おあはやああ」と意味不明な文字列に。
なぜそうなるのか、その時のわたしにはまったく理解ができません。

そして四苦八苦して入力したところで、今度は送信の仕方がわからない。
送信ボタンを押すだけなのに、ボタンを認識できず、「ボタンがない」と本気で思っていました。

実際にSTさんに「送信ボタンがないんですよね〜」とか真面目に相談したり。
今思い出すと、ずいぶん滑稽なことばかり言ってましたけど、その時は真剣でした。

さらに右手は麻痺して使えないため、慣れない左手だけで入力することも大きな壁でした。
それでも毎日少しずつ触るうちに慣れていき、入院中にスマホ操作は一通り取り戻していました。

サイドボタンのダブルクリックだけは、今でも苦手ですが…。

パソコンは「未知の物体」に

回復期病棟に移ってからしばらくして、家族にパソコンを持ってきてもらいました。
再び「パソコンを使えるようになること」は、リハビリ(OT)の目標の一つにだったたからです。

手にしたパソコンを前に久しぶりに電源を入れようとしましたが、まず「電源の入れ方」がわからない。
毎日使っていたはずなのに。どこを押せば動くのか、まったく思い出せません。

試行錯誤しつつようやく電源を入れ立ち上げても、そこにあるのは見慣れたパソコンではなく「未知の物体」。

どう操作していいのか、何をしたらいいのか記憶が途切れてしまっていたのです。

途方に暮れました。

どうやって使うんだっけ?
てか、これで何ができるんだっけ?
……毎日持ち歩いてたのに。

旅行に行くのも連れていくほど、常にPCと一緒でした。
そんな”相棒”のパソコンが、「知らない四角い箱」になってしまった…。

当時、他の患者さんが、OT室で黙々とPCの入力練習をしているのを横目に、うらやましい気持ちでいっぱいでした。

支えてくれたリハビリの先生たち

当時のわたしは、STさんやOTさんに「ここにあるはずのボタンがない」といったトンチンカンなことをよく言っていた気がします。

でもそんなおかしな発言も否定せず、「そうなんですか、それは困りましたね〜」と気持ちを受け止めてくれました。

的外れなことを言ってもいきなり否定したりせず、また正しい方法を押し付けるのではなく、まず共感してくれる。

そんな対応が、今考えるととても心強かったな、と。
おかげでいちいち凹まずに済みました。

これは、認知症の方への対応と似ているのかもしれません。
認知症の人の発言に対しては、否定しない、叱らないというのが原則。認知症で記憶力が低下しても、羞恥心やプライドなどが以前と変わるわけではありません。

高次脳機能障害は認知症は同じような性質を持つため、混乱している人を頭ごなしに否定してしまうと余計に混乱をきたすし、傷つけることに。

そんな対応のおかげで、リハビリは大きな安心感と信頼感につながり、少しずつパソコンの使い方も獲得していきました。

少しずつ取り戻したパソコン操作

リハビリの時間外もパソコンに触れる時間を作り、入院中再び文章を書き始めました。
自主リハビリの一環として、2022年12月note(ブログ)を開設したのです。

倒れたのが7月6日なので、実に5か月以上経っていました。

タイピングは左手だけで、一文字ずつ慎重に入力。
まるで初心者ような操作ぶりでしたが、「また書けるようになりたい」という気持ちが支えでした。

今は全て左手だけで操作していますが、当時は右手の回復を信じて、エンターキーだけは右手で押す練習もしていました。

今も位置覚が狂っているため、キーボードを見ながら一文字ずつ確認し、視覚に頼って欠けた機能を補っています。

成果物だけを見ても伝わらないこと

スマホもパソコンも、操作にかかる時間は以前の何倍にもなっています。
操作に慣れたとはいえ、片麻痺に加え、高次脳機能障害の影響が大きいので。

ブログの記事やSNSの投稿など、完成したものだけを見ている人には、過程については想像つかなくて当然ですよね。

なので、「以前と同じようにできている」「完全に戻っている」と言われることも実際多いです。

(ほんとはそんなことないんだけどな〜)

とモヤモヤするんだけど、いちいち説明するのも面倒なので、声を大にして「大変なんだよ」と言うことはないですけど。

それでも、”あの時”を思えば大きな進歩ですよね。
倒れてすべてがわからなくなったあの日々を思えば。

いまこうして文章を考え、アウトプットできている自分がいる。
そのことが何より尊いと感じています。

次のステージへ

3年前、脳卒中で片麻痺と高次脳機能障害を抱え、一時はスマホやパソコンが一切使えなくなりました。
今考えれば「もう一生使えないかもしれない」、そんな絶望的な状態だったのかもしれません。

それでも日々のリハビリと試行錯誤を重ね、少しずつ操作を取り戻しました。
これも入院中、とにかく根気よく付き合ってくれた療法士さんたちのおかげです。

毎日励ましてくれたし、「できるようになる」ことを誰よりも信じてくれたので。
そんな期待にも応えたいと、奮起できました。

おかげで、今では時間はかかりますが、文章を書きこうして発信できています。
今年はnoteというプラットフォームに頼らず、以前のように自分でWordPressでサイトを立ち上げ、運営できるまでに。

本当に感謝しています。ありがとうございました。

さて、次のステージへ。
障害があっても、高次脳機能障害があっても「できるようになる」証明を。
挑戦を続けたいと思います