こんにちは。
わたしスタイルLABOのacoです。

49歳と358日で倒れた日から3年が経ち、今日で53歳になりました。


◆ 50歳の誕生日、病院のベッドの上で

3年前の今日、わたしは50歳を迎えるはずでした。
ところがその1週間前、49歳と358日で脳卒中で倒れました。

倒れたのは、帰宅ラッシュの地下鉄のホーム。
すぐに通行人の方が駅員さんに通報してくださり、救急搬送されましたが、
さまざまな後遺症が残りました。

50歳の誕生日当日は、
意識も朦朧としていて、自分が誕生日だということすらよくわからないまま、
病院のベッドの上で迎えたのです。


◆ 「命が助かった」その先に

今振り返れば、
あのとき迅速に搬送されたからこそ命は助かったのだと思います。

右手足の麻痺、高次脳機能障害、視床痛、痺れ…
さまざまな後遺症こそ残ったけれど、
生きていることそのものが奇跡だったのかもしれません。

40年前、同じように倒れた祖父は、
3日後、そのまま帰らぬ人になりましたから。

「命が助かった」その先の人生は、
こうして命があるからこそ味わえるのかと。


◆ 「おまけ」だからこそ、味わえる

そんな思いもあり、
最近、あれ以降の人生は「おまけ」なんだと思うようになりました。

グリコのキャラメルについてくる、あの「おまけ」。
(余談ですが、まだ売っます!→グリコ

キャラメルだけが欲しいなら、おまけなしでも買える。
でも、あえて「おまけ入り」を選ぶのは、
そこに価値や魅力を感じているから。

そんなふうに思えば、
わたしの「おまけ」も、充分に価値があるのだと感じています。

「55億個のおもちゃに宿る、創意工夫の精神」Glico HPより

◆ 「元に戻る」ことにこだわらない

倒れた直後は、
「元に戻りたい」という一心でリハビリに取り組みました。

でも最近は、
「戻る」ことにこだわりすぎなくてもいいかな、と思えるように。

「いま」のわたしと一緒に生きる。
それで、いいのかもしれません。

いや、それがちょうどいいのかも。


◆ 母であるわたしは変わらないけど

倒れる前は、
シングルマザーとしてがむしゃらに走ってきました。

離婚当時、小学生だった子どもたち。
そして倒れた時は高校生でした

そんな彼らもいまは大学生。
もちろん親として子どもの心配事は尽きませんが、
もう走り続ける必要もないか…と。


◆ 「今ここ」を大切にしてきたから

「明日が来ると思うな、今日が人生最後の日と思っていっぱい生きろ」

14歳の頃から大切にしている言葉です。

もちろん反省はたくさんあるけれど、人生に後悔はありません。
すべてがわたしの選択の結果なので。

過去でも未来でもなく、大切なのは「いま、ここ」

その想いは今も変わらないし、
生き方が変わるわけではないけれど
あの日から3年が経ち、肩の力が抜けたような気がします。

「とにかく3年はがむしゃらに頑張ろう。
後悔がないように。」

そう思って、倒れた日から生きてきましたから。


◆ 憧れていた「丁寧な暮らし」

倒れる前、憧れていたのは「丁寧な暮らし」。
でも当時のわたしからは、ほど遠い生活でした。

朝早くから夜遅くまで、仕事に家事に忙しく、
寝る時間も惜しんで、とにかく走り続けていました。

でも今は、
ゆっくりと丁寧に暮らす」毎日を送っています。

後遺症のおかげで、半強制的にではありますが笑

本を読んだり、ブログを書いたり、丁寧に家事をしたり——

特別なできことが起きなくても、
「つつがなく」一日を終える。

そんな毎日も悪くないな、と思えるようになりました。


◆ 感謝とともに

53歳の誕生日を迎えた今日。
この3年間、そしてこれまでの人生を支えてくれた、

家族、パートナー、友人たち
そして関わってくださっているすべてのみなさんに
心からの感謝の気持ちを送りたいと思います。

ありがとう。
そして、これからもどうぞよろしくお願いします。