こんにちは。
わたしスタイルLABOのacoです。

先日、たまたまYouTubeで、脳科学者 毛内拡さんのインタビュー動画を見る機会がありました。


毛内 拡(もうない ひろむ、Hiromu MONAI、1984年 – )脳科学者、神経科学者、生物学者。お茶の水女子大学 基幹研究院自然科学系助教。生体組織機能学研究室主宰。大学で生物学を教える傍ら、脳科学に関する一般向けの著作も執筆。主な著書に、『脳を司る「脳」』、『「気の持ちよう」の脳科学』、『「頭がいい」とはどういうことか−脳科学から考える』など。脳科学の達人。日本テレビ「カズレーザーと学ぶ」フジテレビ「ほんまでっか!?TV」等メディアにも多数出演。北海道出身。(Wikipediaより)

最新刊『心は存在しない』に関する動画だったのですが、非常に興味深い内容でもっと知りたいと思いこちらの本を購入しました。

「心は存在しない」というタイトル

心は存在しない』というタイトルに賛否両論あるようですが、わたしにとってはこのタイトル、挑発的というより「やっぱりそうだよね」という感覚でした。

実は今から20年ほど前、養老孟司さんが監修したテレビ番組で、「心とは脳の機能によって生み出される現象である」といった内容をすでに見ていたので。

ずっと長年にわたって支持されてきた二次元論、心と脳は別のものであり、身体が滅びても心が残るみたいな考え方の方が、そりゃあロマンチックで神秘的だし、人々にも支持されやすいわけです。

学問的にも哲学とか心理学の方が、脳科学よりもずっとずっと古くから探求されてきて、それを一刀両断で「心は存在しない」とバッサリやってしまったら、そっち方面の人たちは心穏やかではいられないわけで(あ、心じゃなくて脳か…汗)。

毛内さんも本の中で言っているように、古今東西「心」に関するものであふれかえっているこの世の中。
かくいうわたしも、「心」理学なんて学んでますから笑

じゃあ、心なんて存在しなくて全ては脳の機能によって生み出される現象ならば、もう哲学も心理学もいらなくね?というと、脳に関してはいまだに解明されていないことが多く、そうとも言い切れないのが難しいところ。

だからこそ、「このタイトルで本を出すなんて勇気あるなぁ!」と思い、興味を持ちました。」

「メンタルが強い」という評価を脳科学で考える

わたしは昔から「メンタルが強いね」と言われることが多いんですけど、自分自身では特別に「メンタル=精神、心が強い」という意識はありません(むしろ自分では「ガラスのハート」だと思ってる笑)。

この本を読んで思ったのは、「メンタルが強い」という言葉も、実は脳の情報処理が安定しているとか、感情を客観視する回路が働きやすいとか、そういう脳の傾向の表れなのでは?ということです。

心理学では「心の強さ」「レジリエンス(回復力)※1」と表現しますが、脳科学的に見るとそれは前頭前野や扁桃体、ホルモンバランスなどの働きの結果かもしれません。

たとえば、ストレス状況でコルチゾール※2が出ても、うまく処理できる脳の状態なら落ち込みにくい。そう考えると、心が強い/弱いとラベルを貼るより「脳の状態」として理解する方がフェアです。

わたしがメンタルが強いとすれば、それはきっとアドラー心理学の「勇気づけ」を学んだおかげ。勇気づけとは困難を克服する活力を与えてくれるからです。

まさにレジリエンスが高く、コルチゾールが出たとしてもうまく処理できるような状態を脳が無意識に選択しているのだとすれば、合点が行きます。

※1 レジリエンスとは、困難な状況やストレスに直面した際に、しなやかに適応し、そこから迅速に立ち直る力や回復力のこと。心理学で生まれた概念。

※2 コルチゾールとは、副腎から分泌されるホルモンで、血糖値・血圧・免疫機能を調整し、代謝に関与する。ストレスがかかると分泌が増えるため「ストレスホルモン」とも呼ばれる。

脳卒中とストレスの関係

3年前、わたしは突然脳の血管が切れ(脳卒中/左視床出血)、視床という脳の深い部分を損傷しました。
当時49歳。もともと健康でしたし、これといった明確な原因はありません。

強いていえば遺伝的な要素(祖父も母も脳卒中経験あり)と、今考えれば自覚なきストレスが蓄積し、脳血管に負担をかけていたのかもしれません。

一般的に「ストレスで病気になる」というと、心に負担があるかのように受け取られることもありますが、実際はストレスはホルモンや自律神経、血圧など体の仕組みに影響します。

厚生労働省の資料でも、慢性的なストレスが循環器疾患や脳血管障害のリスクを高めると示されており、私の場合「脳と体が物理的に限界を超えた」と考えられます。

このようなことから、私たちが「心を感じる時」というのは、実はアラートモードが発動しており、内部的にはストレス応答を円滑に進める必要が高まっている時なのです。
時として私たちは、心が激しく揺り動かされるという感覚を味わいますが、私たちが感じている「心」は、心を感じるための原因ではなく、ストレス応答の結果なのです。
脳はなぜ心を作り出す必要があったのか」という問いにあえて答えるとすれば、「ストレスに迅速に対処するため」と言っても過言ではないのです。(「心は存在しない」より)

「心を感じる」=「ストレス応答を円滑に進める必要が高まっている」
であると、毛内氏は述べています。

すでに血管が突然破れてしまい、大きな後遺症を負った身からすれば、わたしはストレス耐性が強いと思っていたけど、単に鈍感なだけだったのかもしれません。

ストレス応答の警鐘をまったく感じ取ることなく、脳血管はあっという間に破れましたから。

コーチングやアドラー心理学は「脳の再構築訓練」

15年ほど前、わたしはアドラー心理学やコーチングを学び、仕事にも取り入れてきました。

心理学と名前がついているのですから、当然人間の「心」を扱っていると一般的には考えられているでしょうし、今でもそう思っている人は多いと思います。

しかし、そこで実際にやっていることは、結局「脳の訓練」だったりします。
例えばコーチングでは、クライエントが望む結果や目標に到達するため、思考のクセや行動のパターンを書き換えるサポートをしますが、これは脳のシナプス結合を新しく作る作業とも言えます。

アドラー心理学の「課題の分離」も、それが「誰の課題か」という気づきがあれば、思考が整理され次にすべき行動が見えてきます。

たとえば、子どもの悩みをまるで自分の悩みのように抱えてしまう親もいますが、脳内で「それは子どもの課題、自分の課題ではない」と切り分けができれば、冷静さを取り戻します。

つまり「心を整える」という表現は便宜的で、本当は「脳の処理を整理する」作業であり、コーチやカウンセラーはそのお手伝いをする人なのかもしれません。

日常に活かせる脳科学的視点

感情に巻き込まれそうなとき「これは脳の電気信号だ」と一歩引いて見たり、怒りや悲しみを「心の問題」として思うより、「脳の一時的な反応だ」と俯瞰して見た方が、確かに気持は楽になります。

ストレスや落ち込みを「心が弱いせい」と責めるのではなく、「脳が疲れているから休ませよう」と考える方が建設的です。

とはいえ、物質(臓器)としての心はないけれど、脳の生み出すさまざまな現象=心は、わたしたちの日常に多大なる影響を及ぼし、一概に「心なんてない。脳の機能が生み出した幻想だ!」なんて割り切れないこともしばしば。

本書では、そんな心の正体について、できるだけ冷静に分析してみました。心にまつわる悩みというのは、決してあなたのせいというわけではありません。これも脳という臓器の持つ不合理でどうしようもない副産物に過ぎません。それを知ることで、悩み過ぎず、心に振り回されない自分になれるのではないでしょうか。(「心は存在しない」より)

「あとがき」で毛内氏も述べていますが、心とは「不合理でどうしようもない副産物」なのです。

心に振り回されない自分になるには、「心とはなんぞや?」と疑問を持ち、心の正体を知ること。

なぜ探しても見つからないのかというと、「心」は存在しないから見つから。
そして、探したいと思っているものは、実は違うものなのではないかと。

コーチングにせよカウンセリングにせよ、「探したいと思っているもの」を探すお手伝いをしています。
まさに探しているものは自分の中にあると考え、その答えを引き出すためのサポート役です。

占いやスピリチュアルなもの、自分の力ではどうにもならない不確定なものに委ねるよりも、よほど合理的で科学的な手段だと思うのですが、どうでしょう。

最後に

心は存在しない』は、心理学やコーチングを学んだ人こそ、ぜひ読んでいただきたい一冊です。

「心は存在しない」というタイトルに驚くかもしれませんが、実際は心の存在そのものを否定する本ではなく、脳科学の視点から心を再定義する本だと思いました。

心と脳の関係に興味がある方、感情に振り回されがちな方、自分の思考や感情を客観的に見られるようになりたい方におすすめです。

2025年11月22日(土)には、わたしがアドラー心理学を学んだヒューマンギルドで、毛内拡さんの特別企画講座があるようです。

会場参加(東京・神楽坂)
オンライン参加(ZOOM)

よろしかったら、こちらもぜひ。