こんにちは。わたしスタイルLABOのacoです。
今日は、わたしの人生観の原点になった「死」の話をしたいと思います。

14歳のときに受け取った衝撃の言葉

わたしが中学2年生だった頃、帰り際、塾の先生が不意にこんな話をし出しました。

「お前らいつまでも生きていると思うな。明日死ぬかもしれないじゃん。今日この帰りに車に轢かれて死んじゃうかもしれない。」

14歳のわたしにとって、それは衝撃でした。
人生はまだまだこれから——14歳といえば、誰もがそんな感覚で生きている時期です。

その教室にいた何人の生徒が、その言葉を真剣に受け止めたかはわかりません。
でも、わたしにとっては、その後の生き方を決める”指針”になりました。

「だから今この瞬間、今日一日を精一杯生きろ」

先生は最後にこういって、その日の授業を締めました。

養老孟司さんの言葉との共鳴

最近、「死を意識したとき、生が具体的になってくる」という言葉をたまたまSNSで目にしました。

出典ははっきりせず、養老孟司さんの発言として紹介されていましたが、真偽はわかりません。
ただ、この言葉は、14歳のときに受け取った、あの塾の先生のメッセージと同じ方向を向いていると感じました。

“死”という終わりを意識したときに初めて、”生きている”感覚をリアルに感じられる。
今まで当たり前だったこと、小さな出来事の一つ一つが具体的に浮かび上がってくる──そんな感覚です。

特別なことじゃない、日々の営み
わたしにとってはそういった日常の些事が大切で、毎日を”つつがなく過ごすこと”が”生きる”ということ。

14歳からそうやって生きてきたし、これからもそうありたいと思います。
そういう生き方に後悔はありません。

3年前脳卒中で倒れ、自分の”死”をリアルに感じる経験をしました。
そして50代になり、より”人生の終わり方”を考え、終活に向き合うようになったのは必然でした。

「memento mori, carpe diem」

memento mori, carpe diem」は、ラテン語で「メメント・モリ」と「カルペ・ディエム」を組み合わせた言葉です。

メメント・モリ」は「自分が死ぬことを忘れるな」、つまり死を意識して生きよという意味。
古代ローマ時代から使われ、中世ヨーロッパではペストや戦争など死が身近だった時代背景もあり、広く人々に刻まれてきました。

カルペ・ディエム」は「今を楽しめ」という意味で、古代ローマの詩人ホラティウスの詩に由来します。限られた時間を大切に、今を精一杯生きることを勧めています。

この二つをあわせた「memento mori, carpe diem」は、死を意識することで今をより豊かに生きるという、シンプルでありながら深い人生の指針です。

わたしが14歳のときに受け取った言葉も、この思想そのものであり、今も変わらず大切にしています。

病気を経験してからの再確認

3年前、脳卒中を経験し、今も多くの後遺症を抱えています。

その出来事は、まさに「memento mori, carpe diem」を体現する瞬間でした。
死の可能性を目の前に突きつけられ、「いつか」ではなく「今」を生きることの重みを、これ以上ないほど強く感じたのです。

「だから今この瞬間、今日一日を精一杯生きろ」
——14歳で受け取ったこの言葉は、病気を経てさらに深い意味を持つようになりました。

死を忘れずにいることで、今日の一瞬一瞬が輝き出す。
その感覚は、あの日以来ずっと、わたしの生き方の根っこにあります。

「死を意識して生きる」「いつ死んでもかまわない」というと、まるで希死念慮が強い人のように思われるかもしれませんが、まったくそのようなことはありません。

死を意識して毎日を精いっぱい生き、後悔なく生ききれば、いつ死んでも「いい人生だった」と死の瞬間に思える自信があります。

実際に3年前、駅のホームで倒れ意識を失いましたが、あの時もし絶命していたとしても後悔はなかったです。(逆にそれもわたしらしいな…と思いました)

もちろん終活はやりかけでしたが、どの段階で死んでも「完璧」はないから。
残念ながら、最後の”後始末”は自分ではできませんもんね。

さいごに

14歳のときの言葉と、最近出会った言葉。
その二つは時を超えて、わたしの中で響き合っています。

明日死ぬかもしれない。だから、今日を、今この瞬間を精一杯生きる。」
「死を意識したとき、生が具体的になってくる」
——その感覚を、わたしはずっと大切にしてきました。

そして今、わたしの人生観をひとことで表すなら、それはmemento mori, carpe diem
死を忘れず、今を生きる。このシンプルで力強い教訓が、わたしを今日も前へと押し出してくれます。

みなさんにとっての「人生の指針」になっている言葉はありますか?
それはいつか、ふとした瞬間に誰かから受け取るものかもしれません。