強いねと言われるけれど…
こんにちは。
わたしスタイルLABOのacoです。
子どもの頃からよく「強いね」「前向きだね」「ポジティブな人だね」と言われてきました。
でも、わたし自身まったくそうは思っていません。
じゃあ逆に「弱い」「後ろ向き」「ネガティブ」なのかというと、それもしっくりこない。
当たり前だけど、どちらの要素も持っているから。
ただたぶん、人より少しだけ「心をニュートラルに戻す」ことが上手いだけ。
嫌なことやネガティブな出来事が起きた時、そこにどっぷりと浸かるのが苦手なだけ。
「じゃあどうする?」と切り替えるのが、早いだけだと思います。
なにせ昔から「せっかちな性分」なもんで。
わたしにも「嵐の日」はある
人生、毎日平常心=「凪」でいられるときばかりではありませんよね。
半世紀も生きてるんだもの。心が嵐の日も、たくさん経験してきました。
もちろん、わたしでも人並みに落ち込むことはあります。
特にいまは、脳卒中の後遺症で、思うように体が動かないと焦ったり、体調が悪い日は気が滅入ったりもする。
病気になる前だってそうでした。
仕事がうまくいかないとき、人間関係で悩んだとき、子どもの体調に心をかき乱されたとき…。
人前ではあまり表に出さないけれど、「意外と波瀾万丈なんだね!」と驚かれるような人生だったし、涙で枕を濡らす夜だってたくさんありました。
そういう自分をさらけ出すのが苦手なので、「強い、前向き、ポジティブ」という評価がつきやすいのでしょう。
わたしから見れば、そういう自分をさらけ出せる人の方がよっぽど強い気がしますが……。
弱くてもいい。強くなくても
だからこそ、わたしは声を大にして言いたい。
強くなくてもいい。弱くたっていい。
泣きたい日は、思い切り泣いたっていい。
弱い自分も認めてハグしてあげる。
ただ、ずっと「嵐」の中にとどまるのは、わたしはイヤなんです。
もし「泣いて過ごす自分」こそが心地よく、その状態に安心感を感じているなら、それもひとつの生き方です。
「かわいそうな自分」でいることが承認欲求を満たしてくれるなら、それも否定はしません。
でも、「本当は抜け出したいのに抜け出せない」と思っている人もいるはず。
そんな人に伝えたいのは、
強くあろうとしなくてもいいということ
「そんな日もあるけど、わたしは大丈夫」って思えること。
ニュートラルに戻れる力があるっていうこと。
そのヒントを、前回のブログに書きました。
👉 過去記事はこちら
憧れは「しなやかな人」
わたしは昔から「しなやかな人」に憧れます。
柳のように、風にしなっても折れない人。
困難な状況でも柔軟に対応し、逆境を正面から押し返すのではなく、受け流しながら生き抜いていく。
そんな生き方に惹かれます。
アドラー心理学では、人は誰でも困難に直面する可能性があると考えます。
そんなとき大切なのが「勇気=困難を克服する力」。
「勇気づけ」とは「困難を克服する活力を与えること」です。
人生には大なり小なり、いろんな困難があります。
それに立ち向かって「勝つ」ことを目指すから、余計に苦しくなるんじゃないのかな。
「勝ち」「負け」じゃなく、病気や障害があっても、嵐の日があっても、うまく折り合いをつけていく。
「勝つ」よりも「しなやかであること」
嵐の日があっても、また凪に戻れるんだよ。
と言うのを体現しつつ、今日を生きています。
