心の問題と「自己不一致」

こんにちは。
わたしスタイルLABOのacoです。

アメリカの臨床心理学者カール・ロジャーズをご存知でしょうか。

ロジャーズは「人は誰でも成長する力を持っている」という前向きな人間観を示し、カウンセリングのあり方を大きく変えた臨床心理学者です。

カウンセリングにおいては「受容・共感・自己一致」を大切にし、心の問題は「理想の自己と現実の自己の不一致」によって起こると考えました。

理想の自己とは「こうありたい自分」。
現実の自己とは「今の自分」。
この二つが大きく食い違うと、人は混乱したり、落ち込んだり、欲求不満に陥ってしまう。

わたしはこの考え方を学んだとき、ふと「障害受容」についても同じことが言えるのではないかと思いました。

障害受容のプロセス

障害受容とは、障害を負った人がその障害と向き合い、受け容れ、障害とともに生きることを指します。
一般的には、次のようなプロセスをたどると言われています。

  1. ショック期 … 自分に何が起きたか理解できない
  2. 否認期 … 自分の障害を認めたくない
  3. 混乱期 … 怒り、悲しみ、抑うつなどが現れる
  4. 努力期 … 障害に負けずに生きようと努力する
  5. 適応(受容)期 … 自分の障害を前向きに捉えられるようになる

多くの人は、①から⑤へと時間をかけて進んでいくとされています。

しかし、当事者として同じ中途障害を負った人たちを見ていると、その道のりや時間はほんと人それぞれ。

当然のことながら、教科書通りにはいきません。

「観察期」から始まったわたしの障害受容

3年前に脳卒中で倒れたとき、しばらく意識がなかったのですが、目が覚めて「右手足が動かない」「感覚がない」と気づきました。

しかしショックで取り乱すようなことはなく。
「あー右半分が麻痺してるのか…」と、どこか冷静に自分を見る、もう一人の自分がいました。

手を持ち上げてもぶらんと落ちるのを見て、むしろ「おもしろいな」と観察していたくらい。
わたしにとってはショック期というより「観察期」でした。

その後、回復期病棟に移ってからは「なってしまったものはしょうがない」と思い、リハビリに一層力を入れるように。

つまり、わたしの場合は観察期から一気に「努力期」に進んだので、否認や混乱の段階は、ほとんど経験していません。

昨年書いたブログに、その頃の振り返りを書いているので、よかったらぜひ。
「脳卒中を発症し右半身麻痺になったあの日から2年を迎えました。」

なぜスムーズに障害を受け入れられたのか?

なぜわたしが比較的スムーズに障害と向き合えたのか。

それは、早い段階から「障害を持った自分も、ありのままの自分」として受け止めることができたからだと思います。

その背景には、昔からわたしの中に根付いていたアドラー心理学の「自己受容」の考え方がありました。

アドラーは、人が幸せに生きるための条件として「自己受容・他者信頼・他者貢献」の3つを挙げています。

その中でも「自己受容」は、自分を否定したり比べたりせず、「ありのままの自分をそのまま認めること」。ここが土台になります。

わたし自身、障害を負ったときに「条件つきのわたし(=健常者への執着)」ではなく、「障害を含めた、ありのままのわたし」を受け入れられたのは、この考え方が根っこにあったからではないかと感じています。

だからこそ、想定外の出来事が起きても大きく揺らがず、「わたしはわたし」と思うことができたのかと。

もちろん、今でも一時的な落ち込みや不安はあります。それでも「なんとかなる」と自然に切り替えられたのはアドラーの「勇気づけ」のおかげです。

障害受容は本人だけの問題ではない

先述の昨年のブログや、今年6月に書いた「自己受容と他者受容──「障害受容」に影を落とす現実とは?」にも書きましたが、本人だけの問題ではありません。

障害を受け入れられるかどうかは、周りの人がそれをどう受け止めるかも大きく影響します。

わたし自身は「わたしはわたし」と思えていても、周りの人にとってはそうでは必ずしもありませんでした。

以前のわたしのエネルギッシュなイメージが強ければ強いほど、障害を持った姿を見るのが辛くて距離を置く人もいました。

「障害受容」という言葉は、実は本人だけでなく、社会や家族、友人など周囲の人たちの心のプロセスでもあります。

自分は受け容れようと努力していても、周りからの思いがけない反応で傷ついたり、社会の理解が深まらずがっかりしたり…そんな風に落ち込んでいる当事者も少なくないのではないでしょうか。

他者からの「勇気くじき※」が重なると、自分の中の「勇気の種」がしぼんで、「障害受容」も難しくなってしまいますよね。
だからこそ当事者として、同く傷ついた人を勇気づけることができれば…。そんな思いもあります。

たとえ周囲の理解が十分でなくても、自分自身を勇気づけ、「わたしはわたし」と思える土台があれば、心は大きく揺らがないから。

※アドラー心理学における「勇気くじき」とは相手から困難を克服する活力を奪うことであり、「勇気づけ」は活力を与えること、そして「勇気の種」は相手に困難を克服する意欲を生み出すきっかけとなる言葉や行為を指します。

ロジャース・アドラー・コーチングをつなげて考える

ここであらためて、わたしが学んできた心理学をつなげてみると…

  • ロジャース(来談者中心療法)
     心の問題は「理想の自己」と「現実の自己」の不一致から生まれる。
     カウンセリングの役割は「自己一致」を取り戻すこと。
  • アドラー心理学
     幸福の条件の一つは「自己受容」。
     人は「勇気づけ」によって、自分の人生を前向きに歩めるようになる。
  • コーチング
     現状と理想のギャップを埋めるために、次のステップを明確にし、行動を支援する。

この3つを組み合わせると、

  1. カウンセリングで心の不一致を整理し、自己一致を回復する
  2. 勇気づけによって「ありのままの自分」を認められるようになる
  3. コーチングで次のステージに進む行動をサポートする

障害受容のプロセスも、この流れにとても近いと感じます。

今後に活かしていきたいこと

今から10年以上前のことになりますが、身内の病気をきっかけに、自身も半年間カウンセリングを受けた経験があります。
そのときはカウンセラーとの信頼関係が築けず、むしろ不信感が募るという残念な体験もしました。

また反対に、たった1回のコーチングで、大きく改善し道が開けた経験もしています。

だからこそクライエントの気持ちは、とてもよくわかります。

「誰にも相談できない」
「でも話すことで少しでも楽になりたい」
「ひとりでは問題を抱えきれない」

そんな思いを抱える人に、

  • 問題を整理し、
  • 自己一致を取り戻し、
  • 勇気づけを通じて元気を取り戻し、
  • コーチングで次の一歩を踏み出せるように

寄り添っていければ。
わたし自身の体験と心理学の学びは、きっと誰かの支えになるはず。

まずは勉強をがんばります。そして今後は、「障害を受け容れ、人生を再デザインする」ガイド役として、カウンセリングとコーチングを組み合わせたサポートができれば。

同じように立ち止まってしまった人が、再び自分らしい一歩を踏み出せますように。