優先席に座ったことがなかった、かつてのわたし

こんにちは。
わたしスタイルLABOのacoです。

わたしが子どもの頃、「シルバーシート」はお年寄りのための席で、子どもが座るのはマナー違反とされていました。小さい頃、親にも「あそこは座っちゃダメな席だからね」と言われた記憶があります。

もちろん優先席ではない普通の席に座っていても、お年寄りだけでなく、体の不自由な人や妊婦さんが近くに立っていたら、声をかけて座席を譲っていました。

時代が変わり「シルバーシート」から「優先席」という名前になった後も、座席が必要な人のために空けておくものだという感覚はずっと残っていて、健常者だった頃のわたしは優先席に座ったことはがなかったのです。

「空いていても、座らないのが当たり前」
「必要な人のために開けておく」
誰もが自然とそうしていると思っていました。

障害者になるまでは…。

初めて優先席に座った日のこと

脳卒中で倒れ、退院直前にリハビリとして電車に乗る訓練がありました。
PT(理学療法士)さんと一緒に電車に乗り込み、人生で初めて「優先席」に座るという経験をしたのです。

座ってはみたものの落ち着かず、なんだか腰が浮くような気持ち悪さが。

わたしはPTさんに思わず「落ち着かないし、腰が浮くような感じだわ」と伝えると、「座ってていいんですよ。優先席ですから。」と、立っていたPTさんがやさしく声をかけてくれました。

そのとき初めて、「ああ、わたしは座ってもいい人なんだ」と、自分が障害者であることを実感したのです。

※当時の詳しい様子はこちら
ネギを切り電車に乗る。〜50歳脳卒中で絶賛入院中〜

X(旧Twitter)での“優先席炎上”とその裏にある問題

SNS上では、優先席に若い人が座っているのを見て、注意喚起や晒し投稿が炎上する事例が後を絶ちません。

ある投稿では、若者が優先席に座っている姿を撮影し「健常者が座るなんて」と晒したところ、

「見た目ではわからない内部障害もある」
「体調が悪くて座っていたのかも」
「声をかけて確認するのが先では?」

など、多くの反論が寄せられました。

他にも、還暦の男性が若者を撮影・晒して炎上した例もあります。

いずれも、見た目だけで判断することの危うさと、「優しさの押しつけ」がトラブルを生んでいる現状が浮き彫りになっています。

「専用席」へと変えた札幌の事例

全国的に“優先席”とされている中、札幌市営地下鉄は1975年から「専用席」と名称を変更して運用しています。

「譲る席」ではなく「空けておく席」と明示することで、実際に座席を必要とする人が、安心して座れるという文化が根づいているそうです。

調査によると、

  • 札幌市の専用席では、93.4%が対象者(高齢者・障害者・妊婦など)
  • 一方、関東圏の優先席では、その数字は19.9%程度

という大きな差が出ています。

出典:
交通ニュース – 優先席と専用席の違い
毎日新聞 – 優先席をめぐる炎上
Wikipedia – 優先席

わたしの実体験:「譲ってください」と言えなかった理由

わたしは週に1〜2回ほど、電車に乗り出かけます。
ラッシュ時間は避けているので、優先席に座れることが多いのですが、たまに座れないことも。

中にはすぐ気づいて譲ってくれる人もいて、本当にありがたいのですが、残念ながらスマホを見ていたり眠っていたりして、周囲に目を向ける様子もない人たちも少なくありません。

「もしかしたら内部障害があるのかもしれない」
と思うと、こちらから声をかけることも躊躇してしまいます。

そんなある日、座席がいっぱいだったものの、一番端にいた同じ年齢くらいの男性が、わたしを見てわざわざ立ってくれたことがありました。

お礼を言おうとしたら、カバンに赤いヘルプマークが。同じ障害者の方でした。
立たせるわけにいかないと思い、丁重にお断りし、代わりにその方の隣にいた若い女性に勇気を出してお願いしました。

「もし大丈夫でしたら、譲ってもらえませんか」

すると、席を立ってはくれたものの、明らかにムッとした表情で、立ち上がる際に舌打ちされてしまいました。

もしかしたら、内部障害があったのかも…。
体調が良くなかったのかも…。

そう思うと、その後はもう誰にも声をかけることができていません。

変わりゆく日本、“譲らない文化”の正体は?

わたし自身、健常者の頃は、優先席にこうした問題があることも、ことの深刻さもまったく知りませんでした。

でも今、当事者になって初めて、見えない障害を抱えている人も含め、障害者や高齢者、妊婦さん、怪我人など、優先席を必要としている人たちか、どれほど葛藤しているかを実感しています。

自分の子どもには「優先席には座らないように」と、小さい頃から教えてきました。
今でも彼らはそうしています。

けれど、同じくらいの年齢の学生たちが、堂々と優先席に座って、譲ろうともしない姿を見かけるたびに、本当に悲しくなります。

「いつから日本は、こんな国になってしまったのだろう?」と。

想像力と思いやりで変えられる未来

わたしたちは誰もが、今は健康でも、事故や病気である日突然障害を抱え、障害者になる可能性があります。

たとえ障害者にならなかったとしても、年齢を重ねれば、いずれは誰もが支えを必要とする側になるのです。

席を譲るかどうかは、制度ではなく、本来ならばわたしたち一人ひとりの心がけにかかっています。大切なのは、「想像力」と「思いやり」ではないでしょうか。

それでも、もし制度で少しでも“譲り合いやすい仕組み”が作れるなら、「専用席」の導入もその一歩になるかもしれません。

この話題が出るたびに、まだ性善説を信じたいわたしと、そうでないわたしが葛藤しています。
みなさんは、どう思いますか。